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浦和地方裁判所 平成2年(行ウ)14号 判決

原告

株式会社津軽産業

右代表者代表取締役

田戸岡竹美

右訴訟代理人弁護士

神宮壽雄

小山勉

被告

越谷税務署長永田四朗

右指定代理人

足立哲

外七名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告の昭和六一年三月一日から同六二年二月二八日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税につき昭和六三年九月三〇日付でした更正及び過少申告加算税賦課決定(ただし、異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、所得金額については七八五三万九二九一円、納付すべき税額については三二五四万二四〇〇円を超える部分、過少申告加算税額については右超過税額に対応する部分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の本件事業年度の法人税に係る確定申告、更正及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件更正」及び「本件過少申告加算税賦課決定」といい、両者を合わせて「本件課税処分」という。)等の経緯及び内容は別表一記載のとおりである。

2  しかしながら、本件課税処分のうち、所得金額については七八五三万九二九一円、納付すべき税額については三二五四万二四〇〇円を超える部分、過少申告加算税額については右超過税額に対応する部分は原告の所得金額を過大に認定したものであって、違法である。

よって原告は被告に対し本件課税処分のうち右各限度を超える部分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件更正の根拠

原告の本件事業年度の所得金額は、別表二記載のとおり一億七八五三万九二九一円である。

その算定根拠は次のとおりである。

(一) 確定申告書に係る所得金額一三一七万七八九一円

原告が被告に提出した本件事業年度の法人税確定申告書に記載されている所得金額である。

(二) 生命保険金の益金算入額二億円

原告は昭和五七年八月一日、第一生命保険相互会社(以下「第一生命」という。)との間で、当時原告の代表取締役であった田戸岡勇(以下「田戸岡」という。田戸岡は原告の設立された日である昭和五三年二月二七日から同五八年七月三〇日までの間は代表取締役、その後、死亡した同六一年一〇月一〇日までは取締役であった。)を被保険者、原告を保険金受取人とし、主契約保険金一億円、特約保険金一億円、月額保険料一〇万一六一〇円という内容の生命保険契約(以下「本件生命保険契約」という。)を締結した。そして、本件生命保険契約に従い、昭和五七年八月から同六一年九月までの間、月額保険料一〇万一六一〇円を毎月支払い、その支払総額は五〇八万〇五〇〇円となったが、一方、被保険者田戸岡が死亡したことにより第一生命から昭和六一年一一月一四日と同月二一日の二回にわたり、保険金として合計二億円の支払を受けた。

原告は、右保険金合計二億円を本件事業年度の所得金額の計算上益金の額に算入していないが、これは益金の額に算入すべきものである。

(三) 弔慰金相当額の減算額 一五一二万円

原告は、右保険金二億円から前記支払保険料総額五〇八万〇五〇〇円及びこれに対する借入金利息相当額八六万七九〇〇円を控除した残額一億九四〇五万一六〇〇円を昭和六二年二月二八日までに田戸岡の遺族に対して支払っている。このうち社会通念上右遺族に対する弔慰金として相当と認められる一五一二万円は、本件事業年度の所得金額の計算上損金として減算されるべきものである。

なお、右弔慰金相当額は、田戸岡の最終月額役員報酬四二万円に三六か月を乗じて算出したものであり、右月数は田戸岡が業務上で死亡したことにより退職したものと認められるので、普通給与の三年分(三六か月)とした。

(四) 適正役員退職給与金額の減算額 一三五七万〇二〇〇円

役員退職給与として相当と認められる金額(以下「適正役員退職給与金額」という。)は、法人税法第三六条及び同法施行令第七二条(過大な役員退職給与の額)により、(1)当該役員のその法人の業務に従事した期間、(2)その退職の事情、(3)その法人と同種の業務を営む法人で、その事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額とされており、同金額を超える場合におけるその超える部分の金額は、損金の額に算入されないことになっている。

ところで、一般に適正役員退職給与金額を算定するには、業種・事業規模及び退職した役員の地位等が類似する法人(以下「比較法人」という。)を選定したうえ、その平均功績倍率を求め、これに最終月額役員報酬と勤続年数を乗じて算出するのが合理的な方法とされている。

そこで、本件について、右の方法により適正役員退職給与金額を計算すると、田戸岡の最終月額役員報酬が四二万円、勤続年数が九年、比較法人平均功績倍率が3.59倍であるから同人の適正役員退職給与金額は一三五七万〇二〇〇円となり、この金額は本件事業年度の所得金額の計算上損金として減算されるべきである。

(五) 支払保険料総額相当額の減算額 五〇八万〇五〇〇円

原告は、前記支払月額保険料総額五〇八万〇五〇〇円は、田戸岡が個人で負担すべきものであったという理由で、田戸岡に対する貸付金として、昭和六二年二月二八日付で本件事業年度の所得金額の計算上益金の額に算入する処理をした。

しかしながら、本件生命保険契約は、原告を保険契約者及び保険金受取人としているのであるから、これに係る保険料については原告が負担すべきものである。したがって、右支払保険料総額相当額五〇八万〇五〇〇円は本件事業年度の所得金額から損金として減算されるべきである。

(六) 借入金に係る利息相当額の減算額 八六万七九〇〇円

原告は、前記支払保険料総額相当額五〇八万〇五〇〇円を田戸岡に対する貸付金として、これに係る借入金利息相当額八六万七九〇〇円をも本件事業年度の所得金額の計算上益金の額に算入した。しかしながら、本件生命保険契約に係る保険料は、原告が負担すべきものであるから、右借入金利息相当額八六万七九〇〇円は益金に算入する理由がなく、本件事業年度の申告所得金額から減算されるべきである。

2  本件更正の適法性

被告が主張する原告の本件事業年度の所得金額は、前記のとおり一億七八五三万九二九一円であるところ、本件課税処分に係る所得金額(異議決定により一部取り消された後のもの)はこれと同額であるので、本件更正は適法である。

3  本件過少申告加算税賦課決定の適法性

被告は、本件課税処分をしたことに伴い、国税通則法第六五条第一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)に基づき、本件更正により新たに納付すべき法人税額七一五六万円(第一一八条第三項の規定により一万円未満の端数切捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額三五七万八〇〇〇円及び同法第六五条第二項に基づき納付すべき法人税額七一五六万八〇〇〇円から原告の本件事業年度の確定申告書に係る法人税額四六〇万八〇四一円を控除した金額六六九五万円(一万円未満の端数切捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額三三四万七五〇〇円の合計金額六九二万五五〇〇円を過少申告加算税の額として賦課決定したものであるから、本件過少申告加算税賦課決定は適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1について

(一)の確定申告書に係る所得金額は認める。

(二)のうち、本件生命保険契約の締結、田戸岡の役員歴、死亡日、保険料支払状況保険金合計二億円の受領及びその益金不算入の事実はいずれも認めるが、その余は争う。

(三)の弔慰金相当額の減算額は認める。

(四)は争う。適正役員退職給与金額の減算額は、法人税法施行令第七二条により、類似法人の退職金支払額を基準とすべきであり、支払率を基準とする被告の主張は違法である。

(五)の支払保険料総額相当額の減算額は認める。

(六)の借入金利息相当額の減算額は認める。

2  同2は争う。

3  同3は争う。

五  原告の反論

1  生命保険金のうち益金算入額は二億円ではなく一億九〇〇〇万円である。

(一) 本件生命保険契約による保険金は主契約による分と特約による分と合わせて二億円が支払われたのであり、このうち一〇〇〇万円は傷害特約による分である。

(二) 傷害特約による保険金は、その性質上、受傷した者である被保険者田戸岡本人又はその相続人に帰属すべきものである。したがって、右一〇〇〇万円は原告には帰属しておらず、これを益金の額にするのは違法である。

(三) また、傷害特約に係る保険料については、昭和五九年一二月一七日付けで、法人税基本通達が一部改正され、傷害特約による給付金の受取人が法人の役員又はその他の使用人(これらの者の相続人を含む。)のみとされている場合には、法人が支払った保険料は右役員等に対する給与とされることになった(同通達九―三―六の二)。昭和六一年一月以降に支払った保険料は田戸岡に対する給与となったのである。したがって、傷害特約による保険金は保険料の負担者である田戸岡本人又はその相続人に帰属すべきものである。

2  田戸岡の相続人に交付された災害特約による保険金九〇〇〇万円は損金として認容すべきである。

(一) 本件生命保険契約に基づき原告に支払われた二億円の保険金のうち九〇〇〇万円は災害割増特約による分であるところ、この保険金は死亡保険金受取人とされている原告に支払われても、その性質上、災害を受けた被保険者である田戸岡本人又はその相続人にそのまま引き渡すべきものである。したがって、右九〇〇〇万円は原告の本件事業年度の所得金額の計算上損金として認容されるべきである。

(二) 原告には本件生命保険契約を締結した当時、役員生命保険内規があり、これには受領した保険金のうち五割相当額を死亡退職金として被保険者に支給する旨が定められていたので、原告は、傷害特約による分一〇〇〇万円を含めて一億円を田戸岡の相続人に支払ったものであって、このうち九〇〇〇万円は法人税法第二二条の規定により保険金支出損として損金の額に算入されるべきである。

(三) 原告は、平成元年八月九日越谷簡易裁判所において原告と田戸岡の相続人との間で成立した調停で、田戸岡の相続人に対し一億円の支払義務があることを認め、これを支払ったのであるから、この点からも、右九〇〇〇万円は原告の本件事業年度の所得金額の計算上損金として認容されるべきである。

3  被告の適正役員退職給与金額の算定方法は違法である。

被告の計算方法が法人税法施行令第七二条の規定によるものであるとしても、その計算において比較の対象とされた類似法人は原告とは経歴、業種及び事業規模等を異にしており、比較の対象として適切ではない。田戸岡は業務上の災害により死亡したものであり、比較の対象とされる類似法人の役員とは退職理由が異なっている。そのほか、田戸岡と右類似法人の役員とでは在職年数、退職年齢等も異なっており、これらを基礎として算定した退職給与金額は失当である。また、計算の基礎とされた資料のなかには原告若しくは田戸岡と類似点があるものがあるとしても、これらは事例数が僅かであり、計算の基礎資料とするには不十分である。したがって、被告の計算方法は法人税法施行令第七二条の規定に従ったものとはいえず、違法である。

六  被告の再反論

1  傷害特約による保険金一〇〇〇万円の帰属について

(一) 傷害特約による保険金は、不慮の事故又は法定・指定伝染病で死亡したときに支払われるものである。法人がその役員又は使用人を被保険者とする生命保険契約を締結する目的は、退職する役員等に支払うことになる弔慰金、退職金等の原資を確保するとともに、役員等の死亡により受けることがある法人の経営上の損失を補填することにあり、このことは傷害特約による保険金についても異なるものではない。したがって、被保険者が死亡した場合に支払われる生命保険金は、法人が保険金受取人であればその性質上当然当該法人に帰属するというべきである。

(二) 法人税基本通達九―三―六の二が設けられた趣旨は次のとおりである。すなわち、従来、法人が自己を契約者とし、役員又は使用人を被保険者とする傷害特約等を付した養老保険、定期保険又は定期付養老保険に加入した場合には、主契約による保険金受取人が当該法人である限り、特約による保険金受取人が誰であるか、役員又は特定の使用人のみを被保険者としているか否かを問わず、その特約に係る保険料は期間の経過に応じて当該法人の損金に算入することとしていた。これは傷害特約等の特約は主契約に付随的なものであり、これに係る保険料も少額であるため損金算入を認めても課税上弊害は少ないと考えられていたことによるものである。しかし、その後、傷害特約等に係る保険料といっても相当高額になるものがあり、その特約による給付金・保険金の受取人を主契約の受取人と区分して当該役員等とするものが目立つようになった実態に鑑み、法人が自己を契約者とし、役員等を被保険者とする傷害特約等を付した生命保険に加入し、その保険料を支払った場合、役員等のみをその特約に係る給付金・保険金の受取人としているときには、その特約に係る保険料は、当該役員等に対する給与とすることとし、これを明確にするため通達の一部が改正され、前記項目が設けられたのである。したがって、右項目がその適用対象とするのは、当該特約による給付金・保険金の受取人を主契約に係る保険金受取人と区分して当該役員等としている場合であると解されるところ、本件生命保険契約においては、傷害特約による給付金・保険金の受取人と主契約のそれとは区分されておらず、右項目の適用対象とはならないものというべきである。

法人契約特約を付するとは、契約者及び主契約の保険金受取人が法人で、特約による給付金・保険金の受取人が役員等である場合において、特約による給付金・保険金の受取人を法人に変更することをいうものであるところ、本件生命保険契約においては、原告は、当初から自己を特約による給付金・保険金の受取人としていたのであるから、右特約を付することは不要であったのであり、右特約の付加手続きを取らなかったことから特約による保険料が田戸岡に対する給与とされ、特約に係る保険金が当然に田戸岡又はその相続人に帰属すべきことになるということはできない。

2  災害割増特約分による生命保険金九〇〇〇万円の損金算入の可否について

(一) 前記のとおり、法人は、役員又は使用人の死亡の際に生じうる損失の補填等のために役員等を被保険者とする生命保険に加入するのであって、災害割増特約による保険金だからといって、保険金受取人が当該法人とされている以上、当然にこれが被保険者に帰属するわけではない。田戸岡の相続人に支払われた九〇〇〇万円はその支払がどのような名目でされたにせよ、田戸岡の死亡退職という事実に起因して支払われたのであるから、社会通念上、役員退職給与と認めるべきである。

(二) 原告は原処分調査及び異議申立てに係る調査においてその主張の内規を提示しておらず、審査請求に至って初めて提示している。しかも、原告は受領した二億円のうち支払保険料総額及び利息相当額を差し引いた一億九四〇五万一六〇〇円を田戸岡の相続人に支払っており、受領した保険金二億円の五割相当額である一億円を支払ったわけではない。これらのことからするとそもそも原告主張の内規はその存在すら疑わしい。

仮に当該内規の存在が事実であったとしても、これが田戸岡の退職金について定めたものであることはその規定の文言自体から明らかである。

(三) 原告と田戸岡の相続人との間の調停は、田戸岡の相続人が既に受領した生命保険金の一部を原告に返還するという新たな内容の権利義務関係を発生させたものであって、右調停は、それ以前にされた本件課税処分に何らの影響も及ぼさない。

3  適正役員退職給与金額について

(一) 一般に適正役員退職給与金額を算定するには、業種・事業規模及び退職した役員の地位等が類似する法人(比較法人)を選定したうえ、その平均功績倍率を求め、これに最終月額役員報酬と勤続年数を乗じて算出する(いわゆる平均功績倍率法)のが合理的な方法とされている。

(二) これに従い、被告は、関東信越国税局管内に本店を有する資本金一億円未満の青色申告法人で、原告と同業種の職別工事業(日本産業分類の小分類番号一〇一ないし一〇九)を継続して営み、かつ、昭和五九年七月から同六三年一月までの間に役員に対し退職金を支給した法人を調査したところ、別表三のとおりであった。そのうちから、原告を含めた一九法人の退職金支給決議の日の属する年度を含む過去二事業年度における平均売上金額の合計額において各法人の占める割合に比重五〇パーセントを、所得金額の合計額において各法人の占める割合に比重二五パーセントを、また、利益積立金増加額の合計額において各法人の占める割合に比重二五パーセントをそれぞれ乗じて、売上金割合、所得金額割合及び利益積立金増加割合を求め、右各割合の合計数値の多寡により、事業規模及び役員の法人に対する功績度を上、中、下に区分し、原告と同じ上の区分に属するA・B・C・D・Eの五法人の中から各法人の功績倍率を求めると別表四のとおりであった。その中で功績倍率が最も低いCを除いた四法人を比較法人として選定し、その平均功績倍率を求めたところ、別表五のとおり2.73倍であった。

これをもとに田戸岡に係る適正役員退職給与金額を計算すると、最終報酬月額は四二万円であり、勤続年数は九年(昭和五三年二月から昭和六一年一〇月まで)であるから、次の算式のとおり田戸岡に係る適正役員退職給与金額は一〇三一万九四〇〇円となる。

42万円×9年×2.73=1031万9400円

(三) 本件事業年度に係る更正処分について被告が算定した田戸岡に係る適正役員退職給与金額は一三五七万二〇〇円であり右算式で算出した金額の範囲内であるから、相当である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二本件更正の適否について検討する。

1  被告主張の確定申告書に係る所得金額、(三)弔慰金相当額の減算額、(五)支払保険料総額相当額の減算額及び(六)借入金利息相当額の減算額についてはいずれも原告の認めて争わないところである。

2  傷害特約による分として支払われた保険金一〇〇〇万円の帰属について

(一)  世上、時として、法人がその役員又は部課長その他の使用人を被保険者として生命保険に加入する事例がみられるが、その目的は、これによって死亡退職する役員等に対して支払うことになる弔慰金、退職金等の原資を確保するとともに、役員の死亡により受けることがある法人の経営上の損失を補填することにあると解されるところ、このことは傷害特約に係る保険金についても異なるものではない。したがって、被保険者が死亡した場合に支払われる生命保険金は、法人が保険金受取人であれば当然に当該法人に帰属するのであり、傷害特約による保険金であるからといって、当然に被保険者に帰属すると解すべきいわれはない。

(二) この点について、原告は、本件生命保険契約において、傷害特約に係る保険料が法人税基本通達九―三―六の二により被保険者である田戸岡の給与とみなされることとなったことにより、傷害特約に係る保険金一〇〇〇万円は保険料の負担者である田戸岡本人又はその相続人に帰属すると解すべきである旨主張するが、昭和五九年一二月一七日付け法人税基本通達の一部改正で、右項目が設けられたのは、従来、法人が自己を保険契約者とし、役員又は使用人を被保険者とする傷害特約等を付した生命保険に加入した場合には、主契約による保険金受取人が当該法人である限り、特約による保険金受取人が何人とされていようとも、その特約に係る保険料は期間の経過に応じて当該法人の損金に算入する取扱いを是認していたのを、右項目によって改め、特約による保険金の受取人が役員又は部課長その他の使用人のみとされている場合には、これに係る保険料は役員等に対する給与とみなし、法人の損金に算入することを認めないこととすることにある。そして、本件生命保険契約においては、保険金受取人は、契約の当初から主契約による分のみでなく、傷害特約による分についてもすべて原告とされていたことは前述のとおりであり、したがって、本件生命保険契約については、右項目の定めは関係のないことであって、原告の主張は失当である。

3  田戸岡の相続人に交付された災害割増特約分による保険金九〇〇〇万円の損金算入の可否について

(一)  法人がその役員又は使用人を被保険者として生命保険に加入する目的は前述したような点にあり、そうだとすれば、加入した生命保険契約において、保険金受取人が主契約による分のみでなく、特約による分も当該法人となっている限り、支払われる保険金はすべて当該法人に帰属すると解することは理の当然であって、災害特約による保険金であるからといって、これが当然に被保険者に帰属すると解すべきいわれはない。

(二)  法人が退職した役員に対して支払う金銭は、それが在職中の功労に報いるものと認められる以上、その原資や支払の名目如何にかかわらず、法人税法第三六条にいう役員退職給与に該当すると解される。これを本件についてみるのに、原告が田戸岡の相続人に交付した災害割増特約による保険金九〇〇〇万円は田戸岡の死亡退職という事実に起因して支払われたものであり、田戸岡が原告の役員として果たした功労に報いるものであることは田戸岡の原告における地位・経歴、その金額等に照らして明らかであるから、右九〇〇〇万円は役員退職給与に該当するというべきである。

(三)  原告は右九〇〇〇万円は、その主張の内規の定めに従い支払った旨主張するが、仮に、それが事実であるとしても、右九〇〇〇万円が役員退職給与としての性質を有する金銭であることに変わりはない。

(四)  原告は、右九〇〇〇万円の支払は田戸岡の相続人との間で成立した調停に根拠をおくものであるとも主張するが、そうだからといって、右九〇〇〇万円が役員退職給与に該当と解することの妨げとなるものではない。

4 適正役員退職給与額の算定について

法人税法第三六条は、法人がその退職した役員に対して支給した退職給与の額が不相当に高額である場合には、そのうち相当と認められる金額をこえる部分は所得の金額の計算上、損金の額に算入しない旨を定めており、そうすると、本件においては、原告が田戸岡の相続人に対して支払った九〇〇〇万円が相当と認められる金額かどうかが問題となるわけであるが、同法施行令第七二条はこの点についての判断基準を示している。

(一) この点について、原告は、適正役員退職給与金額の減算額は、法人税法施行令第七二条により、類似法人の退職金支払額を基準とすべきである旨主張する。しかしながら、右施行令第七二条は「法第三十六条(過大な役員退職給与の損金不算入)に規定する政令で定める金額は、内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員のその内国法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額をこえる場合におけるそのこえる部分の金額とする。」と規定しており、適正退職給与額を算定するについて、類似法人の退職金支払額を基準とすべきことを定めているわけではなく、支払率を基準とすることについて何らの限定も付してはいない。法人税法第三六条、同施行令第七二条の規定の趣旨は、役員に対する退職給与は従業員に対する退職給与と異なり、益金処分たる性質を含んでいることから、収益を得るために必要な役務提供による貢献度を基準として、そのうち、一般に相当と認められる金額に限り収益を得るために必要な経費として計上することを認め、その余の部分は益金処分として損金算入を認めないことにあると解されるのであり、これからすれば、被告がいわゆる平均功績倍率法(退職役員の功績倍率〔退職給与と勤続年数倍された最終報酬月額の比率〕の平均値を基準とする方法)を採用したこと自体は、右法人税施行令第七二条の規定の趣旨に沿うものであって、原告の主張は独自の見解というほかない。

(二) 〈書証番号略〉並びに弁論の全趣旨によれば、本件について右平均功績倍率法を適用するにあたり、被告は、関東信越国税局管内に本店を有する資本金一億円未満の青色申告法人で、原告と同業種の職別工事業(日本産業分類の小分類番号一〇一ないし一〇九)を継続して営み、かつ、昭和五九年七月から同六三年一月までの間に役員に対して退職金を支給した法人を調査し、その結果は別表三のとおりであったこと、そのうちから、原告を含めた一九法人の退職金支給決議の日の属する年度を含む過去二事業年度における平均売上金額の合計額において各法人の占める割合に比重五〇パーセントを、所得金額の合計額において各法人の占める割合に比重二五パーセントを、また、利益積立金増加額の合計額において各法人の占める割合に比重二五パーセントをそれぞれ乗じて、売上金割合、所得金額割合及び利益積立金増加割合を求め、右各割合の合計数値の多寡により、事業規模及び役員の法人に対する功績度を上、中、下に区分し、原告と同じ上の区分に属するA・B・C・D・Eの五法人の中から別表四のとおり各法人の功績倍率を求めたこと、そして、その中で功績倍率が最も低いCを除いた四法人を比較法人として選定し、別表五のとおり右四法人の平均功績倍率を求めたことが認められる。

これによれば、右認定の適正退職給与額の算定方法は法人税法第三六条、同施行令第七二条の規定の趣旨に沿うものであり、それ相当の合理性を有しているということができる。

(三) この点について、原告は、抽出された比較法人は原告とは業種等が異なっており、比較の対象とされた法人の役員と田戸岡では退職理由、勤続年数等の異なるものが混入している点で合理性の基礎を欠いている旨反論するが、いわゆる平均功績倍率を算出するための各計算要素については、計算の確度を高めるためにその基礎資料となる比較法人の数を多くとらなければならないこととの相関関係で決定されるものであるから、税務当局にある程度の裁量が認められるべきであり、各計算要素の選定について右裁量権を逸脱しているとみられる事実がある場合にはじめて、右計算方法が合理性を欠くに至ると解される。これを本件についてみるのに、業種及び事業規模の選定については右認定の方法によっており、その間に裁量権の逸脱があるとは認められないし、退職理由については前述したとおり弔慰金相当額の減算と別途の考慮がされている。田戸岡の勤続年数については考慮されてはいないが、その他の計算要素についてとの関係からみるとこの点のみをとらえて法人税法第三六条、同施行令第七二条の趣旨に照らし合理性を欠いているとまではいえない。

(四)  以上の計算要素から算出された平均功績倍率は、2.73倍であり、これをもとに田戸岡の適正役員退職給与金額を計算すると、前述のとおり、田戸岡の最終報酬月額は四二万円、勤続年数は九年(昭和五三年二月から同六一年一〇月まで)であるから、両者を乗じたものに、右平均功績倍率を乗ずると、田戸岡の適正役員退職給与金額は一〇三一万九四〇〇円となる。本件更正において被告が算定した田戸岡の適正役員退職給与金額は当初平均功績倍率を3.57倍で計算した結果一三五七万二〇〇円となっており右計算結果とは異なるが、これは原告にかえって有利な結果であり、本件更正を違法とする事由とはならない。

以上の説示からすれば、原告の本件事業年度の所得金額は一億七八五三万九二九一円となり、本件更正に係る所得金額(異議決定により一部取り消された後のもの)と同額であるから、本件更正は適法である。

三本件過少申告加算税賦課決定においては、国税通則法第六五条第一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)に基づき、本件更正により新たに納付すべき法人税額七一五六万円(同法第一一八条三項の規定により一万円未満の端数切り捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額三五七万八〇〇〇円と、同法第六五条第二項に基づき納付すべき法人税額七一五六万八〇〇〇円から原告の本件事業年度の確定申告書に係る法人税額四六〇万八〇四一円を控除した金額六六九五万円(一万円未満の端数切り捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額三三四万七五〇〇円とを加えた金額六九二万五五〇〇円を過少申告加算税の額とされており、したがって、本件過少申告加算税賦課決定は適法である。

四よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大塚一郎 裁判官小林敬子 裁判官佐久間健吉)

別紙〈省略〉

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